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​〇透過型電子顕微鏡関連技術
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LLCPK1細胞でのmyosin II-Bの免疫電顕で黒い粒子がmyosin II-Bの局在を示します。AJの近くに多いのが見えています

MDCK2におけるtubulinでやはり黒い粒子がtubulinの局在を示し、直線状に集まっているので、それが微小管であることがわかります。

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どのようにして画像が見えるのか
  電子顕微鏡は試料に電子を照射してそこから得られる情報から試料の何らかの構造をイメージとして表す装置です。透過型電子顕微鏡は試料に電子を照射した後、 それを透過して出てきた電子の情報から画像を作ります。

 試料を透過させるためには電子に高い電圧をかける必要があり(電圧が低いと試料を電子が通り抜けられない)、 生物試料の場合、通常10万ボルト程度です。試料内の原子の原子核は電子と相互作用をして、透過する電子の向きを変えます。

 蛍光板を電子が試料を透過した後に当たる ような位置に置きますと、電子の当たった部分は蛍光板が光ります。また、電子が試料内の原子核と相互作用して向きが変わると、蛍光板のその位置には電子がやって こないので、蛍光板は光らず、ちょうど影のように暗くなります。

 

 このように電子のやってくる所とやってこない所との明るさの差からコントラストのある画像ができること になります。この作用は、原子番号の大きい、重い原子核ほど強く、生体を構成しているH, C, O, Nなどではそれほど強くありません。

 そのため、一般的には重金属 (鉛やウラン)を試料にしみ込ませます。生体試料は均一に重金属と結合するわけではなく、タンパク質や脂質の一部等に強く結合するので、生体のそのような構造を反映 した像が蛍光板に映し出されます。

 蛍光板上の像を観察することもでき、また、蛍光板の代わりにフィルムを置いて、画像を撮影することもできます。 また、CCDカメラを置けば、デジタル画像として記録することも可能となります。

 

固定から包理まで
  透過型電子顕微鏡の原理から、試料中を電子が全てそのまま通り抜けてしまったら像のコントラストがつきませんし、また、試料中を電子が通過できなくても情報が 得られません。通常の生体組織内の構造を見ようとする場合、電子線がほどよく透過し、ほどよく試料と相互作用するようにするため、試料を100 nm以下の厚さにスライスすること がよく行われます。

 電子が流れるために電子顕微鏡内は高真空になっていますから、生の生体試料を薄いスライスにしたとしても、水分が乾燥し試料はひからびて、生きている時の 構造からかなり変わったものになってしまいます。

 

 また、実際問題として、生の生体試料を薄くスライスすることは不可能です。真空中でも生体の構造が変わらないようにするため には、試料の水分を抜く必要がありますが、そのままではひからびるだけですので、生体分子が動かないように化学架橋(固定)をし、生きている時の構造を保った状態で、試料の 外液を有機溶媒にして試料から水分を抜きます。

 さらに、試料を樹脂包埋します。この樹脂には接着剤に使われるエポキシ系樹脂が一般的に使われます。エポキシ系樹脂は硬化した 時の体積の変化が非常に少ないことから生体構造を破壊せずに保つことができます。また、その堅さも50 nm-500 nmの厚さの切片が簡単に作製で切る程度に調整できます。 以上のような理由から、通常、試料を固定し、脱水、樹脂包埋を経て切片を作製します。

 

 一般的な固定は、グルタルアルデヒド、ホルムアルデヒドなどのアルデヒドを含む前固定と、四酸化オスミウムを含む後固定との2段階からなります。 アルデヒドはタンパク質のアミノ基と化学結合を作り、タンパク質を変性させます。特にグルタルアルデヒドはアルデヒド基を分子の両端に持ち、タンパク質を架橋する能力が高い ので電子顕微鏡レベルでの構造保持には大変有用です。

 一方ホルムアルデヒドは架橋能力が高くはありませんが、低分子で浸透性が良いので、迅速な固定のために併用されることが 多いのです。四酸化オスミウムは強力な酸化剤で、蒸発しやすく、ドラフト内で使用しないとその蒸気でも鼻腔粘膜、角膜等が冒されてしまうほどです。

 オスミウムの使用が近代的 な電子顕微鏡法の象徴とみなされていた頃の教科書には、先進的な研究室ではオスミウムの甘い香りが漂っている等と書かれていたことがありました。もちろん、甘いと感じられる うちは良いのですが、においがわからなくなってきたら、それは鼻腔粘膜がやられてきたことを示します。

 樹脂包埋というのは細胞内の構造を保つにはかなり厳しい処理らしく、 前固定にグルタルアルデヒド、後固定に四酸化オスミウムという組み合わせでの固定をしないと、細胞内構造が保たれないことがあります。前固定、後固定と2段階に分かれているのは、 アルデヒドが還元剤、四酸化オスミウムが酸化剤なので、両者の効果が相殺されないようにするためという理由付けがなされていますが、固定に関する科学は難しくて進んでおらず、 実際に両者を同時に使用して問題ない像を得ているという研究者もいます。
 


  さて、前固定は1時間から一晩ほど行われ、また、この段階では冷蔵での長期保存が可能とされ、実際に1か月ほどの保存ではほとんど差を認めることがないことが多い ようです。

 後固定は氷冷して30分から2時間ほど行うのが普通です。その後、エタノールないしはアセトンなどの水溶液を用いて脱水を行います。50-70%の水溶液からスタートし、 最後にはモレキュラーシーブなどで水分をできるだけ取り去った100%のエタノールなどに置換し、さらに酸化プロピレンなどの有機溶媒に置換します。

 その後それをさらに樹脂に置換し、 最終的には100%の樹脂につかった状態で60度のオーブンに入れる等して熱重合によって樹脂を硬化させ包埋を完了させます。固定から包埋完了までは、通常数日間はかかるものです。
 


  この間に、包埋自体には直接関係しませんが、ウランによるブロック染色を行うのが普通です。固定と脱水の間にウランの水溶液に2時間から一晩試料を浸けます。 これは試料内の構造にウランが結合して、像のコントラストを増強させるのが目的です。像のコントラストに関しては、オスミウム自体も重金属なので像のコントラストをつけるの に一役買っています。さらに前固定の際に固定液にタンニン酸を入れておくと、タンニン酸がタンパク質に付着し、それがウランなどの重金属による電子染色の「のり」をよくする ようで細胞骨格等を強調したい時に使われる場合があります。もっとも、界面活性剤等で細胞内の可溶性のタンパク質をかなり除去しておかないと、細胞内全体がやたらに黒くなって かえって構造が見にくくなることがあります。

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薄切技術
  固定、包埋までは時間がかかりますが単純作業で、特別な技術、経験を必要とするほどではありません。しかし、その後の試料のスライスを作る、薄切の技術は電顕像の質にも 直接関わり、高価な装置を扱うという点からも、電顕技術の一つの要とされてきています。

 試料を切るためのナイフと、試料を100 nm以下の厚さで正確に送り出すミクロトーム という機械を使います。生体の臓器の一部や、胚などを切る場合、最終的にどこが見たいのかをしっかり決めて、見るべき場所以外を削り落とします。トリミングという作業です。 こういうことが必要なのは、電顕の鏡筒内に入れられる試料の大きさには限界があることによります。

 2 mm角程度は一応可能だと思いますが、実際にはナイフの負担を減らすためにも 1 mm角よりもずっと小さくするのが普通です。いずれにせよ、光学顕微鏡レベルの切片と比べると切片の大きさはかなり小さいので、電子顕微鏡で全体を見てやろうとするのには 無理があります。なるべく多くの観察例から共通する点を述べたい場合、光学顕微鏡レベルでできるものがあればできるだけその段階で調べた方がより信頼性が高い結果が得られる ことになります。

 

 さて、臓器や胚等はまず、試料全体を0.5 ミクロン程の厚みの切片にし、トルイジンブルーなどの染色液で染めて、光学顕微鏡レベルで何が切れているのかを観察します。 見たい部分がまだ見えないとか、角度が気に入らなかったりすれば、さらに切り進んだり、切削の角度を変えたりします。

 どこをどの角度で見ても大差ないような組織ならよいのですが、 胚の中で一つないしは二つしかない細胞を見たい等という場合はかなり時間をかけなければならなくなることがあります。光学顕微鏡レベルで見たい位置に達したならば、 先に述べたトリミングを行って、観察可能な部分以外を削り落とします。

 樹脂の不要な部分を切り落とすトリミングは、通常カミソリの刃を使って手作業で行います。 試料を適当な深さまで切削したり、光学顕微鏡レベルの切片を得るためにはガラスナイフを用いるのが普通です。このガラスナイフはナイフメーカーという装置でガラス板を割ること によって作製します。ガラスですので1個あたりは安価ですが、刃先は鈍りやすいものです。荒削りや、光学顕微鏡レベルの切片のチェックに使われますが、電子顕微鏡で観察する 切片の作製に使用されることは現在ではまれです。さらに0.5ミクロンの光学顕微鏡用の切片も数ミクロンの厚みのパラフィン切片と比較すると細胞の重なりもなく、微細な部分の情報 が得られることから、よりきれいな切片を連続して得るために専用のダイヤモンドナイフが製品化されており、私たちは重宝しております。

 

 電顕技術のサポートの仕事を数年間経験して きて私たちは、この電顕レベルの切片を作製する前の光学顕微鏡レベルの切片の染色像から得られる情報がとても重要であることに気がつきました。

 初めての試料を扱う場合等特に、 試料のどこを切っているのか、光学顕微鏡レベルで記録しておくことは、電顕レベルの切片の切削位置の正しさを保証するばかりでなく、別個体で正確に同じ場所を切るための、 参照すべきデータとして非常に有用です。

 

比較的安価なCCDカメラが顕微鏡に付けられるようになってきたため、手軽に光学顕微鏡レベルの切片像を記録できるようになりました。 ネガフィルムに撮影し、現像、焼き付けをする手間を考えると、毎回光学顕微鏡レベルの切片像を記録することは現実的ではなかったのですが、CCDカメラによって簡単に実現できるよう になりました。デジタル情報になると電子メールの添付書類として簡単に送ることができるので、切削位置の確認等がより正確に、迅速にできるようになりました。

 

  さて、このようにまず電子顕微鏡で見るべき部分を決定する過程があり、それにかなり時間がかかる場合があるわけです。ですから、この段階を素早く正確にできるか どうか、また単調な仕事になりがちなところ、うまく精神をコントロールして集中を続けていけるかというあたりが重要で、当研究室のテクニカルスタッフはプロとしてかなりの レベルに達しています。

 もっとも、研究者が自分の興味のあるテーマについて電子顕微鏡で解析したいという場合は、それほど特別な能力、適性が必要であるとは思っていません。

 例えば、実体顕微鏡下で個体を扱ってきている研究者なら、ほとんど違和感なく薄切の技術を短時間で身に付けてしまいます。外科のお医者さんはさらに適性もあるのか、非常に意欲的 に取り込んで自分のものにしてしまいます。

 

 光学顕微鏡レベルで電顕での観察すべき場所を決定したら、カミソリできれいにトリミングを行います。そして、今度は電顕レベルの切片の作製にかかります。

 電顕レベルの切片にはダイヤモンドナイフを用います。ガラスナイフと比較すると高価ですから、不注意な取り扱い方でナイフを欠けさせたり、切れ味を悪くさせたりしてはいけません。

 ミクロトームに取り付けている状態でダイヤモンドナイフに対して悪影響を与える行いは、ナイフの刃に樹脂以外のものを当ててしまうというようなことのほか、非常に分厚い切片を切 ろうとしてしまうということがあります。薄い切片ならダイヤモンドナイフのように固い刃先を持っていればいくらでも再現よく切ることができます。

 しかし、当然ある程度以上厚くなる と切れなくなり、鋭利なエッジに強い力が加わって、どうも刃こぼれなどが起きるようです。全く切れなくなるということにならないまでも、切れ味が悪くなり、よく切れる部分との差が 出て切片に筋がついてしまったりします。

 それがひどくなると試料を切ることができなくなり、切片がナイフのその箇所から二つに分かれてしまうことが起こります。また、骨のように そのままでは切れない硬い物質も刃こぼれの原因となります。

 

 このようなことから、分厚い切片を誤って切らないように、ナイフと試料との距離が正確に判断できる (これは距離を判断する装置があるわけでなく、実体顕微鏡を覗き、ナイフの刃先と試料との間からどの程度光が漏れてくるか等を見て判断するしかない)だけの技術を得ることが 第一となります。

 もっとも、ちょっと慣れればそれほどたいしたことではないというのが、今まで何十人にも切片の作り方を教えてきての結論です。ただ、ミスなくそして迅速に 切片作製ができるというのは作業能率に関係してきます。

 研究者にとっては電顕の解析を行うことがそれほどの労力、時間を要しないと思えれば、積極的にどんどん電顕での解析を 取り入れていくことができますし、技官として電顕解析を行う人もより多くのサンプルを扱うことができるようになります。

 ダイヤモンドナイフは水をたたえるダムのようなもので、 ダイヤモンドナイフの刃はダムの壁の一辺に刃が上を向くように取り付けられています。試料は上から刃に向かって振り下ろされます。実際に水を張った状態で切削をするので、 切片は出来上がると同時にダムの水面に浮かびます。

 

 電顕の場合、切片の厚さは切片が水に浮かんでいるときのその干渉色で判断します。虹色のどれかがついていれば厚すぎです。 電顕用には金色と銀色の中間あたりの色が一般的です。

 だいたい、70 nm 程度の厚さということになります。それより厚いと構造の重なりが高倍率での観察の妨げとなりますが、 低倍率ではコントラストが強くて見やすくなります。もっと薄いと高倍率のみに適して、低倍率ではコントラストの低い像しか得られなくなります。厚め薄めの切片も一緒に切って おくのが便利です。

 

 固定や脱水がうまく行っていないため、樹脂が試料の内部で均一に硬化していない場合等は切削自体がうまくいかず均一な切片が得られないことがあります。 観察したい場所が影響をあまり受けていなければ構いませんが、大きな支障となっている場合は、固定から包埋までのステップを見直します。
 


  切片はグリッドと呼ばれる、メッシュ状に穴の空いた薄い金属板上にはりつける形で回収します。穴の空いた部分にかかった切片について観察することができます。 観察前には電子染色を行います。

 通常、酢酸ウランとクエン酸鉛という重金属を用いて試料に沈着させ、電子との相互作用の強い部分を作ることで、構造のコントラストを上げよう という狙いで行います。実際にこの電子染色を行わないとコントラストはかなり低く、像の観察や記録はうまくできません。

  電顕の世界ではこの電子染色に使われるウランは非常に有用なのですが、特に最近、核爆弾の製造原料になりうることからの使用の規制が強まり、それまで使用可能 だった施設でも使用できなくなると言われています。当研究室ではRI管理区域でウランを使用しているので、入退室が面倒ではありますが、影響はないようです。

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顕微鏡操作と画像記録
  電子顕微鏡の扱いと画像を記録することは薄切技術以上に腕の差が出るものでした。電子顕微鏡は電場がレンズのような役割を果たして電子を適切に曲げ、像を拡大します。 また、電子線が設計通りに鏡筒内を進むためには高真空であることが前提です。電場や高真空が不安定だと電子顕微鏡像そのものが安定しないので、昔は電子顕微鏡の調整そのものが 観察する前に必須でした。ただし、透過型顕微鏡は20年程前にはすでにその安定性においてプラトーに達したようで、一度調整を行うとかなり長期間問題のない像が観察されるように なってきました。また、画像の記録というのはネガフィルムに撮影するということだったのですが、電顕写真における適正なフォーカス、また像の歪みの無さの判定はかなりの技術、 経験が必要なものでした。撮影した写真の質もネガフィルムの現像、印画紙への焼き付けを経て初めて検討することができ、像の質が悪い時、それが固定、脱水包埋、薄切、電子染色、 電子顕微鏡の調整状態、撮影状態、現像と焼き付けの状態のいずれに問題があるのかを探るのも初心者には難しいものでした。この点についても電顕用のCCDカメラが設置可能になり、 少なくとも初心者にとって電顕写真を得ることの障壁は大変低くなってきました。CCDカメラを用いれば、どんな像が取得できているのかはモニター上でその場で確認できるので、 少なくとも意図しなかった失敗の画像を撮るということはなくなります。CCDカメラによるデジタル画像は画素の点ではネガフィルムに遠く及ばず、一切引き延ばしもできないので、 写真を撮ってから「発見」をするというようなことはなく、あくまで自分が見せたい、意図した画像になっているかどうかが重視されます。その点ではオリジナルなデータとしては ネガフィルムの方が遥かに優れていますが、撮影の簡便さ、デジタル画像の利便性を考えると用途に応じて積極的に使っていきたいものです。

  そのような流れからすると、透過型電子顕微鏡のハード面に詳しく調整にも慣れており、ネガフィルムへの撮影の技術も十分な人は、本当に電顕を使いこなす上では重要であり、 今後ますます貴重な存在となると考えられます。

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